この本を手にしたいきさつは、こうだ。あれは、1年半くらい前の出来事だっただろうか。
私のちょっと変わった友人Y子が、突然「ねぇ、『フリースタイルラップ』って知ってる?」と聞いてきた。
<私>あー、あの即興で「Yo!Yo!」ってするやつ?
<Y子>そうそう。
<私>ラップでバトルとかするんでしょ? なんかガラの悪い人たちが。
<Y子>そうそう。
<私>で?フリースタイルラップが、何なの?
嵐の大野くん、Sexy Zoneのけんてぃこと中島健人、名前も知らないジャニーズJr.を経て、今はジャニーズでもないマイナーなグループにハマっているY子が、なぜフリースタイルラップの話をするのか。
<Y子>職場の人がフリースタイルラップやってて。
<私>ほう。
<Y子>この間、社内日報をラップで書いてたんだよね。
<私>ん?
<Y子>それで、急にラップし出したんだよね。会社で。
<私>は?
<Y子>ウケるでしょ?
<私>何その職場、サイコーじゃん!
その後、「信号待ちの時間とかに考えたりするんすよ」というその同僚の言葉をもとに、「信号の角にある銀行!人工的な道を進行!」みたいな?と、ふたりで「なんちゃってラップ」を生み出して楽しんだのだった。
それから数日経ち、テレビで「世にも奇妙な物語」を見ていたところ。中山美穂扮する日常に不満を抱えた主婦が、「Lip」ならぬ「Rap」というリップクリームを塗ると、急にラップをし出しちゃう『フリースタイル母ちゃん』という物語をやっていて。「おぉ、なんか最近ラップづいてるな、私」と、興味が沸いた。
よくよく考えたら、韻を踏んだり、リズムに言葉をのせたりというのは日本語のトレーニングになるし、自分の心の中にある想いを紡ぐという点では、ストレス解消にもなる。
子どもたちがやれば、日本語の楽しさを知るきっかけや自己表現の手段になって、老人がやれば、ボケ防止にも良さそう。引っ込み思案の人も、ラップでなら本心を言えて、自分を変える機会になるかもしれない。
もしかしたら、ラップってすごい可能性を秘めているのでは?!そう思い、ラップのことを知ろうと、とりあえず私はこの本を手に取ったのだ。
そのことをY子にLINEで伝えたところ、返事の代わりに、すぐさま大量のYouTubeのURLが送られてきた。 例えば、こんなやつ。
…もはや、どれがアーティスト名でどれが曲名なのか、不明。でも、ちゃんと聞いたら、おもしろい。
「ものすごいハマってんじゃん」と返したら、「ハマってはないよ。まだ調べてるよ」との返答。
「ラップって法則性があって、それは俳句・川柳と同じなんだよね。ある法則性のなかでいかに楽しむか的なことが」。
とにかく、私も、かつて中学校の国語の先生だったY子も、ラップの魅力に目覚めはじめていたのだった。
とは言え、薄々わかってはいたものの、Y子が送ってきた動画を見るにつけ、せっかく老若男女の脳の体操に良さそうなラップの魅力が、これじゃあ全然広まらないぜと思った。
だって、どいつもこいつも、揃いも揃ってガラが悪い。偏見かもしれないが、いきがってる感がすごい。街中にいたら、絶対に避けて通るような風貌。軽犯罪から手を染めて、自動的に重犯罪に移行しますよ、みたいな人たちにしか見えない。
本人たちは、ラップが市民権を得ないことを不満に思っているかもしれないけれど、そりゃあ当たり前だろう。全く、見え方が大衆的でないのだから。
しかも、画面に歌詞のテロップが出ないと何を言ってるのか聞き取れない。せっかく粋な韻を踏んでいても、おしゃれに社会風刺をしていても、それがきちんと伝わらなければ意味がなく、なかなか難しいジャンルだなと課題を感じた。
でもまぁ、薄く見ただけの私がそんなことを言ってもどうしようもない。なので、「日本語の楽しいトレーニング」「言葉を使った頭の体操」「ユニークな言葉遊び」といった魅力の部分だけを見つめ、せっかく購入したこの本をじっくり読んでみた。
初心者向けに、いろいろと作詞のポイントが書かれている。それをいくつか挙げてみよう。
▶まずは自己紹介から
例)「俺は東京生まれ ヒップホップ育ち」みたいなこと。
▶自分に「MCネーム」を付ける
例)「MC・ハマー」的なこと。
▶言葉をビートに乗せる(小節を意識して言葉を乗せる)
▶1小節目で出したワードを、2小節目のケツで韻を踏んで落とす
例)1小節目:普段は雑誌の編集者 2小節目:でも今日はラップの練習さ!
※「編集者」と「練習さ」が韻を踏んでいる
▶韻は踏んでも踏まれるな(母音や文字数を合わせることにとらわれ過ぎない)
例)「ポケットティッシュ」と「ポテトチップ」は文字数が異なるが、ラップにブチこむと、韻を踏んでいるように聞こえる
▶便利ワード「like a」と「まるで」
例)「そのうるささは まるで掃除機 もう聞いてられないぜ正直」
※「掃除機」と「正直」で韻を踏んでいる
例)あいつはlike a やくみつる どんなディスでもギャグにする
※「やくみつる」と「ギャグにする」で韻を踏んでいる
▶韻にも種類がある。「脚韻」は小節の最後で韻を踏むこと。「頭韻」は小節の最初に韻を踏むこと。脚韻の方がより効果的
例)脚韻:「俺が生まれたのはここ東京 ラップで歌う街の状況」
※「東京」と「状況」で韻を踏んでいる
頭韻:「音が鳴ったら始まるぜ 古都京都から俺は来た」
※「音」と「古都」で韻を踏んでいる
Y子が言っていた「ラップって法則性があって、それは俳句・川柳と同じなんだよね。ある法則性のなかでいかに楽しむか的なことが」は、ほんと、その通り。
やっぱり、ラップを極めたら、言葉の達人になれる気がする。
別に即興で誰かとバトルしなくたっていいから、ちょっとラップを作ってみようかな。コロナ後、私が急にラッパーに転身しているなんてことも、あるかもしれない。