MOTHER

(監督・脚本:大森立嗣/主演:長澤まさみ/2020年)

 

 

「あぁ、こりゃあ、今年の日本アカデミー賞の最優秀賞主演女優賞は、長澤まさみに決まったな」

 

息を呑んで見つめたラストシーンから、エンドロールに移り、ようやく息をすることを思い出してすぐ、何の疑いもなく、私はそう思った。

 

完全に、長澤まさみの優勝。とんでもない女優。最低最悪の胸糞悪い女を、これでもかという熱量とそこはかとない狂気をはらんで演じ切っていた。最高。

 

上映中、一度も長澤まさみ演じる「秋子」に対して、共感も、同情も覚えることはなかった。ただ彼女をひたすらに憎んで、ぶん殴ってやりたいとすら思い、そして絶望した。

 

母と子のおよそ7~8年の年月を追ったこの映画の後半、長澤まさみの髪には次第に白髪が交じりはじめる。その歳の重ね方にも、まったく違和感がない。

 

 老けて見せようと白髪やシワを施したり、貧しさを強調するために汚れたり破れたりした服を着たり。そういう演出をすると、得てしてビジュアルだけが先走って、コントっぽく見えがちだが、それがない。外見と内面を見事にリンクさせ、とてもナチュラルに見せているのである。

 

「コンフィデンスマンJP」ではコメディ、「50回目のファーストキス」ではラブストーリー、「キングダム」ではアクション。さらにこんなイカれた母親役まで見事に演じてしまうなんて。

 

長澤まさみ最強説。この年代の女優のなかでは、右に出る者がいない域に、彼女は到達していると思う。

 

 

しばらく待ったらテレビだったり、スマホだったりで見られるようになる「映画」というコンテンツを、劇場で見る理由。

 

最新作をいち早くチェックできるとか、アクションや音などの迫力を感じられるとか、いくつかあるけれど、その一つに、役者の技量がよりわかる、というのがあると思う。

 

そういう意味で、「MOTHER」は、絶対に劇場で見るべき映画である。完全優勝している長澤まさみはもちろん、1人の漏れなく、出演者全員が素晴らしく、それを大きなスクリーンで堪能できるのだから。

 

特に、秋子の息子「周平」を演じた、2人の子役。幼少期の郡司翔くんも、少年期を演じた奥平大兼くんも、どちらもすごかった。

 

金と男にだらしなく、子育てをする気もない。働きもせず、男と出かけて数日帰って来ない。生活保護費をすべてパチンコに使ってしまう。親や妹に悪びれもなく金をせびる。

 

本当に、どうしようもない母親なのに、別れた父親に「父さんとこに来るか?」と言われても、児童相談所の職員に「お母さんと別々に暮らすこともできるんだよ」と言われても、頑なに母親のもとを離れようとしない。

 

母親からの歪んだ支配と、それに応えようとする屈折した愛情と。その複雑で繊細で、とらえどころのない周平の想いを、表情で、しぐさで、見事に体現していた。

 

きっと、奥平大兼くんは、今年の映画賞の新人賞を軒並み獲得するに違いない。郡司翔くんのこれからの役者人生も楽しみで仕方ない。

 

そしてもう1人、秋子の母親、周平にとってはおばあちゃんにあたる「雅子」を演じた木野花さんも圧巻だった。

 

秋子に言われて、金をせびりに来た周平に対して、怒りを通り越し、ブチ切れて狂ったように絶叫するシーン。あれには震えた。ベテラン女優の貫禄と実力を見せつけられた思いがした。

 

とにかく、すべての演者のすべての演技に、まったく無駄がなく、なおかつクオリティが高い。

 

 

子どもにとって、親との暮らしは世界のすべて。特に母親との間には、目には見えないけれども、確かな、そして不思議なつながりがあって、それを子どもの方から断ち切ることは難しい。

 

だから、どれだけ母親がイカれていても、まともな生活がままならなくても、子どもは母親から離れない。どんな母親でも、愛してしまう。自分にとっての世界のすべてだから。

 

そんな従順な子どもを、母親は意のままに操る。時に自分の望みをかなえるための手段として使い、時に周囲から孤立する自分の拠り所にする。

 

たとえば、幼少期の間にまわりの大人が、そういう母親と強引にでも引き離したのなら、狭い世界から抜け出して、自分だけの未来を見つけることができたのかもしれない。

 

しかし、周平のように17年という長い年月をかけて築かれた世界では、もはや、幸せも未来も、この母親といることでしかない。この期に及んで母親と引き離したところで、それは彼の望む幸せではないのだろう。

 

母と子の共依存。この映画が実話を元に生まれたものであるように、こういう関係性は、フィクションの中だけに存在するものではなく、現実としてそこにあるものなのだ。それが、何より恐ろしいと思った。

 

 

重くて、つらくて、悲しくて、どうしようもなくやりきれない物語だけれど、劇場で、お金を払って見て損はないと言い切れる。

 

笑ったり、きゅんとしたり、何かがすっきり解決されるものだけが、映画ではないし、エンターテインメントではない。それを強く感じさせられた。

 

見終わっても、いつまでもほのかにくすぶって、ふと思い出しては何かを考えてしまう。そんな小さな種のような、トゲのようなものを心の中にそっと置いていく作品だった。

 

全国公開中。上映劇場など詳細は、公式WEBサイトで。