ミッドナイトスワン

(監督・脚本:内田英治/主演:草彅剛/2020年)

 

9月に見たい映画リストの中には入れていなかったのだけれど、SNSなどで絶賛コメントを度々目にしたので、気になって劇場へ足を運んだ。

 

が、しかし…。ごめんなさい。私にはそこまで響かなかった…。

 

ものすごい勢いで感動&推薦の声を挙げている人たちが大多数なのにもかかわらず、見終わった後に「……。」となってしまった私は、もしかしたらイカレているんだろうか、心が汚れているのだろうか…と、若干自分を責めてしまった。

 

いや、でも、いいんだよね。人が持つ感想なんて、さまざまで当たり前だよね。100人中100人の心に響く作品なんてありえない。

 

そんな作品を作る術があったら、とっくに世界が平和になっているはず。もしくは、人の心を思うがままに操って、内田監督が世界征服してるはずだ。

 

「トランスジェンダー」、そして、「バレエ」。

 

この2本柱を据え、マイノリティの生きづらさをこれでもかというくらい見せつけ、また、頑なな心をほどくのは人との関わり合いから生まれる愛でしかないということを示し。

 

そういうテーマ性にはとても共感できるし、描くのが難しい世界観に果敢にチャレンジして、大作を作り上げたという点は、すごいことだと思う。

 

もちろん、良い部分もたくさんあった。だけど、それと同じくらい、いやそれを上回るくらい、「?」な部分がたくさんあって、総合的に、私の心に刺さらなかったのである。

 

これは、あくまで個人の感想。作品批判でもなんでもなく、ただの感想。良かったことだけを書き、忖度しなくてはいけない存在は私にはいないので、思うがままに書いてみたいと思う。

 

※ネタバレ満載です。悪しからず。

 

 

まず、良かった点から。

 

●当事者でなければ知る由のない、トランスジェンダーの人生を垣間見られた

 

 

草彅剛演じる、凪沙(ナギサ)は、ニューハーフショークラブで働くトランスジェンダー。幼い頃に学校行事で海に行ったとき、「どうして自分は水着ではなく海パンを履かなくてはいけないのか?」と疑問に思ったのだという。

 

髪を伸ばし、店にいるときだけでなく、普段でも女性の格好をしているが、地元にいる親にはカミングアウトできていない。

 

凪沙は、ひょんなことから、育児放棄気味の従妹の娘・一果(イチカ)を預かることになる。母親からの愛情を受けずに育ってきた一果は、無口で何を考えているかわからないし、反抗的。

 

でも、共に暮らすうちに、凪沙にはこれまで抱いたことのなかった「母性」のようなものが芽生える。

 

一果にはバレエの才能があったが、貧乏でバレエ教室に通うのは難しい。凪沙は、トランスジェンダー専門の売春宿で体を売ろうとしたり、髪を短く切って男として職に就いたりして、一果にバレエを続けさせようと奮闘。

 

 

定期的にホルモン注射を打っていた凪沙。ホルモンバランスが崩れて、体調が悪くなったり、精神的に不安定になったりして、「どうして自分だけが、こんな…」と泣きながら辛さを訴えるシーンには、心が痛んだ。

 

また、「男でもこんなにキレイなんだから、お前らももっと頑張れよ!」と連れの女性に言う男性客に苦い顔をするシーンがあるのだが、そうか、そうだよね、前提として「男」と思われること自体が彼らにとっては嫌なことなんだよね。

 

心と見た目がかけ離れていることの弊害は大きく、普通の仕事には就きづらい(仕事を選べない。だからお金に余裕がない)、好奇の目で見られる、立場が下の扱いをされるのが、当たり前。

 

満を持して、性転換手術をし、女性の身体になるのだけれど、女性の姿で実家に帰ると、「お願いだから病院に行って治してもらって…!」と母に泣かれる。従妹には「この、バケモノが!」と罵られる。

 

挙句の果てに、性転換手術の合併症で失明し、最後には若くして命を落としてしまうのだ。

 

不幸を絵に描いたような人生。おそらく凪沙のケースは不幸の最たるものなのだろうけど、過酷で壮絶な、トランスジェンダーの人生を知ることができた。

 

 

 

●不安定な思春期の女子高生を演じた、新人の2人の女の子の演技が素晴らしい

 

一果を演じた服部樹咲と、一果の友人・りんを演じた上野鈴華。この2人はオーディションで選ばれた新人女優なんだとか。

 

しかし、この2人が、とっても良かった。私の個人的な感想では、主役の草彅剛を食ってしまうくらいに。

 

まず、服部樹咲。

 

田舎のヤンキー上がりで水商売の仕事に就き、育児らしい育児をしない最低な母親に育てられた一果の虚無感とか、いい意味での芋っぽさとか、そういう微妙なニュアンスを見事に体現していた。

 

バレエ経験者とのことで、スタイルの良さ、美しい身のこなしは、さすが。驚くほどに透明感があって、バレエ教室で窓から差し込む光に照らされて顔がアップになるシーンは、ハッとするほど美しかった。

 

 

そして、上野鈴華。

 

お金持ちの家に生まれ、金銭的には恵まれているけれど、両親は自分には興味がない。元バレリーナの母親の影響でバレエを続けているが、それが自分のやりたいことなのかはわからない。

 

バレエの技術も伸び悩んでいる。そんな虚しい心を埋めるように、親に隠れて悪いアルバイトをするなど、揺れ動くりんの心を、表情で、所作で、上手に表現していた。

 

 

屋上でタバコを吸うりんの傍らに一果がいて、「一果、すごく明るくなった」「なってないよ」「すごくバレエも上手くなった」「なってないよ」「すごくかわいくなったし」「なってないよ」、そんな会話を交わすシーン。

 

おもむろにりんが「キスしていい?」と聞き、一果が「いいよ」と答えて、女性同士でキスをするのだけれど、それがすっごくエモかった。

 

「エモい」という若者言葉の意味をなかなか理解できずにいたけれど、このシーンを見て、「なるほど、こういうことか!」と思ったのだった。

 

あれは、繊細で、発展途上で、無垢な、年頃の女の子のどこまでも不安定な心を表すシーンとして、大正解だったと思う。

 

 

 

続いて、「?」と思った点について。

 

 

●もう少しヒントください!と、置いてけぼりになる展開が多々あった

 

凪沙の家に居候するために、上京してきた一果は、偶然バレエ教室を見つけて、そこに入ることになる。

 

凪沙の家でショーで使うダンスの小物を見つけて、凪沙がいないときにそれを身につけて踊ってみたり、自らバレエ教室に体験レッスンを受けにいったり、バレエに関してだけ、無気力な一果らしくない行動力を見せる。

 

しかし、いったい、一果はいつから、どのくらいバレエに心惹かれていたのか?そのへんがすごく曖昧で、「?」となった。

 

田舎でバレエをかじっていたのか?いや、でもあんな生活が苦しくて、ひどい母親がいるような家庭環境で、バレエには出合わないだろう。

 

一果と、バレエをつなぐもの。それがわからなくて、序盤からモヤモヤしたのだ。

 

幼い頃に見たバレリーナにずっと憧れていたとか、どこかでバレエの映像を見て釘付けになってしまったとか、そういう「きっかけ」がわかるシーンを入れてほしかった。

 

 

また、一果と母親との関係性が、急に良くなって「?」となった。

 

田舎に戻った一果を、凪沙が連れ戻しに来るのだけれど、母親に強く拒否され、結局、田舎に残った一果。

 

そして、しばらく時が経ち、一果は中学校?高校?の卒業式を迎えるのだが、母親も一果も笑顔で一緒に写真におさまる。友人の母親に「一果ちゃんのママはキレイね」なんて言われて、「そんなことないですよぉ。ははは」と笑って答える母親。そして、「東京に行ってもいい?」とたずねる一果を、母親は許すのだ。

 

え、母親はいつ改心して、理解のある母親になったの?凪沙が帰ってから今までの間に、何があったの?と、不思議で仕方なかった。

 

 

さらにもう一つ、性転換手術をした凪沙がいつの間にか失明して、介護なしでは暮らせない状態になってしまった場面でも「?」が頭をめぐった。

 

凪沙いわく、「せっかく女性になったのに、サボってたらこんなザマよ」とのことだが、サボったって、いったい何を?手術が失敗したというわけではなく、メンテナンス不足ってこと?

 

性転換手術についての知識が皆無な人間からしたら、何をどうしたら、こうなるの?と、ただただ、疑問に思うばかり。まぁ、そういう細かいところは聞いてくれるな、とにかく凪沙は、こんな不幸な結果になってしまったんだよ、ということなんだろうけれど…。

 

見る人が見たら、タイでの性転換手術は危険であると言っているように思えてしまうし、もう少しフォローがあっても良かったと思う。

 

 

 

●この後どうなるか、容易に読めてしまう不自然な演出があった

 

一果と凪沙が、とある小さな公園で、一緒にバレエを踊るシーン。2人の後ろに、おしゃれなスーツを着た老紳士が座っており、じっと2人を見ている。

 

急に知らないおじいさんが、いかにも「いますよ」的な感じで出てきて、「?」となった。そして、思った。この後、2人に何か名言的なことを述べて去っていくんだろうなって。いや、でもそんな不自然でベタな演出、やめてー!と思ったのだが。

 

はい、その通り。具体的にどんな言葉だったかは忘れてしまったけれど、彼は「ミッドナイトスワン」というタイトルにつながるような、意味深なひと言を言って、立ち去るのである。

 

 

もう一つは、りんが屋上から飛び降りたシーン。タバコを吸うシーンが屋上というのは、定番だし、なんとなくわかる。

 

でも、お呼ばれしたウエディングパーティの会場が、ビルの屋上って。もう、そこが屋上だとわかった瞬間に、あぁ、この子はこの後、ここから飛び降りるんだね…、かわいそうに…と思ってしまった。

 

そして、まさにその通りになり、ため息が出た。

 

 

 

●凪沙の人生が、救いようのない不幸さだった

 

前述したように、ロクな仕事に就けない、差別を受ける、ホルモン注射も辛い、どうして自分がこんな目にあわなければいけないのかと、自分の人生を毎日呪う。

 

そして、最後の望みと思って臨んだ性転換手術に失敗?して、命を落とす…。

 

一果と出会って、母性を感じたほんのわずかな時間だけは幸せだったのかもしれないが、結局、マイノリティは不幸な人生しか歩めないのか…と思わざるを得ない終わり方で、後味が悪かった。

 

 せめて、一果と離れ離れになってしまったとしても、死ぬという展開は避けてほしかったなぁ。

 

過酷な人生をたくましく生きてきたからこそ、これまで味わったことのない幸せな気持ちをもたらす存在に出会えた。その存在があるから、人生が辛いことには変わらないけれど、これからも強く生きていく…。

 

個人的には、そういう終わり方で良かったのでは…と思った。

 

 

 

絶賛の嵐が吹き荒れる中で、とても心苦しいけれど、これが私の率直な感想です。あくまで個人的な感想ですので、悪しからず。最後までお読みいただき、ありがとうございました。