食べる女
(監督:生野慈朗/主演:小泉今日子/2018年)

「食」と「セックス」をテーマにした、筒井ともみの同名小説が原作。映画の脚本も筒井氏が手掛けている。

 

美味しい食事と、それを囲む、年齢も職業も恋の仕方も異なる個性豊かな女性たち。


それぞれの生き方を見つめながら、共感したり、違和感を覚えたり。そうしているうちになんとなく自分を見つめ直すことができるような、そんな物語だ。

 

主人公の作家・餅月敦子(小泉今日子)は、広くて古い一軒家で猫と暮らしている。食いしん坊で、締め切りは守らなくても、三度の食事は欠かさない。


そこへ、近くで小料理屋を営む美冬(鈴木京香)や、担当編集者・圭子(沢尻エリカ)、その飲み友達・多実子(前田敦子)が度々集まっては、敦子と美冬の手料理を囲みながら、酒を飲んで、他愛のない話を繰り広げる。

 

圭子と多実子が通うBARによく訪れる泥酔女・あかりに、広瀬アリス。離婚した夫との間に4人目の子どもをもうけたBARの店主・珠美に、山田優。


一方的に夫から離婚をつきつけられたマチルダに、シャーロット・ケイト・フォックス。離婚した夫を忘れられないシングルマザーのツヤコに、壇蜜。

 

かなり個性的なメンツ揃い。小泉今日子が主演とあらば、ここまで豪華なキャスティングが可能になるのね。さすが。


小泉今日子と鈴木京香の組み合わせ、すごくいいと思った。しかも、鈴木京香が年下の男の子に手を出しまくっている女という設定なのも、新鮮で良かった。

 

沢尻エリカの普通のOL役も、これまであまり見たことがなかったけど、ナイス配役だなと思った。キャストの中でも跳びぬけてキレイだし、演技は主張し過ぎずナチュラルだし。「あぁ、彼女はなんで道を踏み外しちゃったかなぁ」と、少し悲しくなってしまった。

 

で、そんな美しいエリカ様の相手役が、ユースケ・サンタマリア。なんで?この配役だけは、納得いかない。ラブシーンは違和感しかなかった。風変わりな男という設定だとは言え、何もこんな薄汚い男を使わなくても。


彼のせいで、物語への没入度がかなり下がってしまったことだけは、特筆しておこう。他にも良い役者はいっぱいいるでしょうに。同じくらいの歳で言ったら、佐々木蔵之介とか、滝藤賢一とか、大沢たかおとか、村上淳とか。いるよ、適任がいくらでも…。

 

中盤に、この映画の主題を最も表したセリフがあって。

 

「自分で稼いで、そのお金でご飯を作って食べる。きっと当たり前のことなのに、私、すごくうれしいです」

 

と話すマチルダに、

 

「人ってね、美味しいご飯食べてるときと、愛しいセックスをしているときは、一番、暴力とか差別とか、争いごとから遠くなるんだって。


セックスは相手がいないとできないけど、ご飯なら、いつでもできるでしょ。だから、手抜きをするな、女たちよ」

 

と、敦子が返すやりとり。

 

私、4月からの自粛期間中、食事だけは手を抜かずにちゃんとやってきたという自負がある。そこをおろそかにしたら、心の潤いがなくなってしまう気がしたから。


だからこそ、私はふたりの言葉に、とてもとても共感できた。そしてこれからも、きちんと私らしく食べていこうと誓った。

 

2時間弱で8人の女性の人生を少しずつ描くから、どうしても深いところまでは到達できないもどかしさを、感じはした。


しかし、私自身のこと、そしてまわりの友人たちのことをなんとなく思い浮かべながら、「みんな違って、みんないい」「みんなの人生に幸あれ」、そんなことをぼんやりと思わせてくれるような作品だった。